case:音無 和奏

シナリオ:びいどろの国

エンドC 後日談

 

 

『本日のニュースをお伝えします。XX時XX分頃、○○市の路地で負傷した女性が保護されました。女性は片目から血を流しておりましたが、命に別状はないとのことです。また、発見者によると、女性はしきりに何かを呟いており、放心していた様子とのことでした。警察は、事故・事件両方から捜査を進めています。次のニュースです―――』


 

「―――はい。手術は成功です。命に別状はありません。そこは安心してください。ただ、片目は以前からですが、両目とも完全に失明状態となり、回復の見込みはありません。」

「容態も安定していますが、気になる点がひとつ。ビードロを探しているようで、何かご存じではありませんか・?」

「おもちゃの、吹くやつでしょうか? 昔、あの子が吹いていたことがあります。音が綺麗で・・・」

「失明し、気が落ちていますので、なにかそういったものがあるとよいかもしれません」

「わかりました。持ってきてみます」

「お辛いでしょうが、周りが支えていきましょう」

ぽっぺん、ぽぴん。

「ああ、ほら懐かしい。あんた、好きだったでしょう?」

「・・・・・・」

「それ、ガラスですか? 音が鳴るんですね」

「そうそう、ガラスのおもちゃよ。この子が子供の頃、よく吹いていたの」

「・・・わたしのびいどろはどこ?」

「ほら、ここよ」

「・・・・・・」

ぽっぺん、ぽぴん。

 


「いや、すみません。容態が安定していると聞いたものでして、事件のことについてお話できますかね?」

「・・・・・・」

「すみません。ずっとこの調子で・・・」

「いえいえいえ、お話できるようになりましたらまた来ますので」

「ああ、それと。事件の日に和奏さんが持っていた荷物に関して、調査が終わりましたのでお返しいたします」

「特段、何かを盗られたようなあとも争った形跡もなく、なぜ娘さんがこのような状態になったのかは未だに分からずじまいで」

「そうですか・・・」

「引き続き調査は進めていきますが・・・。まぁ、何か分かりましたらまたご連絡いたします」

「・・・わたしのびいどろはどこ?」

「お。ビードロかい?それなら、返した荷物の中にあるから」

「え? あのビードロじゃないんですか? おもちゃの」

「ん? いえ、荷物の中にビー玉みたいなガラス製品がありまして、それのことかと思ったんですが・・・」

「あ、そうなんですか。すみません。てっきり、おもちゃのほうかと思いまして・・・」

「いえいえ。ほら、和奏さん」

「・・・お話できますか?」


「・・・・・・」


「・・・駄目そうですね」

「すみません」

「いえ、また、日を改めますね。それでは」

 


ぽっぺん、ぽん。


「あら。また吹いてる」

「綺麗ですよねー。インテリアとかにも良さそう」

「たしか、音楽系の人なんですよね? こう言っちゃあれなんですけど、耳じゃなくて良かったですよね」

「こら。不謹慎よ」

「すみません」

「そうですよ! でもあの人、見えてないのによくビー玉眺めてますよね。光に透かしたりして。あのビー玉も綺麗ですよね」

「そうね」

「え! そうですか? なんか気持ち悪くありません?」

「えっ、そう?」

「はい。なんか眼球みたいな模様してませんか?」

「こら。不謹慎よ」

ぽっぺん、ぽぴん。ぽっ、ぴん。

 


ああ、嫌な音がする。
私はもう何も見えていないのだろうか。
そんなはずはない。
だって、そこに何かがいる。

地面まで伸びた腕を引きずっているモノ。
口を大きく開けて、何かを食べようとしているモノ。

ほら、見えている。
私の目は悪くなんてない。

そう言われるのはきっと、この眼窩に何も入っていないから。

きっと。
きっとそう。

だから、私のびいどろを入れよう。
まあるい綺麗な私のびいどろ。

瑞々しくて、柔らかくて。
ああ、口に含むと仄かに甘い。


 

異変に気づいたのは、夜間の見回りをしていた看護師だった。
決まったルートを回り、患者に異常が起きていないか確認する。
大変だけど、重要な仕事だ。それなりの緊張感をもって見回りをしていた。
だからこそ気付いたのだ。・・・微かに音がする。

硬質で、無機質な音。
金属に近い、けれども、それよりも柔らかな音。
飛んだり跳ねたり、転がるような。
かと思えば、静かに静かに響くような。そんな音色。

そう、音色だ。曲を奏でている。
こんな時間帯に、他の患者の迷惑になる。注意をしなければ。
深夜に聴こえてくる曲の元へ、看護師は急いだ。
なるべく静かに、けれども急いで。
パタパタと早足にたどり着いた場所は、眼球を失い盲目となった女性の病室だった。

まだ曲は続いていた。澄んだ音色だが、硬質的で単調だ。
たしか、女性は作曲家だったろうか。
曲を作るのは結構だが、時間帯を考えてほしい。
注意すべく、小声で話しかけながら室内に入る。

彼女はビードロを吹いていた。ぽぴんとも呼ばれるガラス製のおもちゃだ。
たしか、彼女の母親が持ってきたんだったか。
息を吹き込みながら、ぽっぺんと音を鳴らしている。
その音に交じって、りーん、という澄んだ音と、からころ、という軽やかな音もする。

ビードロを爪で弾いているのだろうか。
・・・違う。弾いているのは眼球だ。
慌てて彼女に駆け寄り、その演奏を中止しようと手を伸ばす。
そして、ふと、気付いた。口に何か含んでいる。ビー玉だ。

彼女は、ビー玉を口に含みながらビードロを吹いていた。
からころという音は、ビー玉がビードロの吹き口にあたる音だった。
からころ、ぽっぴん、からん、ころん。
そして合間合間に、片目にはめ込まれてある義眼を爪でたたく。
ぽっぺん、からん、ぽっぴん、りいん、りいん。

ガラス製品の、硬質で、どこか柔らかい音
綺麗というにはどこか機械的で、澄んではいるがどこか間抜けな。
けれども、何故か耳をすませたくなる。そんな音色。
それが、彼女の顔から聴こえてくる。
ガラス製の義眼から。薄く開いた唇から。そして。

“それ”と目があった。

看護師は止めていた手を再度彼女へと伸ばし、口内に含んでいたそれを乱暴にはたき落とした。
思わず患者に手をあげてしまった看護師は、ぽすりと音をたててベッドへと落ちたそれを呆然と見やる。
表面を毛細血管に覆われた、白濁とした虚ろな眼が看護師を見ていた。

「ねぇ、わたしのびいどろはどこ?」

はっとして顔をあげると、無機質な目が看護師を見ていた。
感情のない義眼と目が合う。反対側に巻かれた白い包帯がやけに眩しい。

「ああ、そこにあったのね。わたしのびいどろ」

白く細い指が、ベッドへ落ちた眼球へとのびる。
まるで見えているかのようにそれを拾い上げると、陶然とした様子で口を開いた。

「わたしのびいどろ。ほんとうをみつめるわたしのまなこ。」

そう言って、彼女は再びその眼球を口に含んだ。
からん、ころん。
味わうように口内で転がして、薄く唇を開く。
ビードロを咥えて、息を吹き込む。
ぽっぴん、からころ、ぽっぺん、ぽぴん。
ガラスの義眼を爪で叩いて。
からん、ころん、ぽっぺん、りいん、りん。


病室に響く旋律はとても綺麗なものなのに、
静かに曲を奏でる彼女の姿は、何か恐ろしいものに見えた。

止めなくては。義眼を弾くなんて眼孔に悪い。
目玉を口に含むなんて、正気の沙汰じゃない。
そう思うのに、看護師は彼女の作曲を止めることができずにいた。

綺麗で間抜けなビイドロの音。
彼女から奏でられるその音は、静かに病室を冒していく。
夜の静けさに、その旋律だけが響いていた。


 

『本日のニュースをお伝えします。XX時XX分頃、○○市の病院に入院中の女性が、刃物で殺害されました。被疑者は病院に勤めている看護師で、犯行を認めているとのことです。警察は犯行の動機等、詳しく調査を進めています。次のニュースです―――』