case:雪竹 蛍

シナリオ:えそらごとのせかい

シナリオ幕間と後日談

 

幕間  雪竹 蛍

握ったクレヨンの感触。どこか油っぽい臭いに、掠れた紙の音。
知らないのに、どこか懐かしい姿を想いながら、その形を描く。
その笑顔が、りおと重なった。

あぁ、わらってくれるんだね。
それならわたしは、あなたのためにえをかこう。
*

ほのかに香る桃を手に取る。
力を込めると潰れてしまいそうな、柔らかな感触。
電子レンジに入れて温めた 。

鍋にミルクを入れて、コンロに火をつける。
電子レンジの音に混じり、カチカチという音が響く。
火はつかない。

仕方なしに、冷たいままでミルクを飲んだ。
暖かい桃を慰めに、違和感ごと飲み込んだ。

冷たい流水でそれを洗う。
流れていく赤い色と、残ったままの赤い染み。
消えることのない赤い記憶と、幼い声。

水の音とノブの泣き声が重なった。


あぁ、ぜんぶ、せんたくきにほうりこんで、
ぜんぶ、きれいになったらいいのに。

*

ぐしゃりという音と、潰れた感触。濃厚な甘い匂い。
生地に桃を混ぜ込んで、熱したフライパンでまあるく焼く。
ふんわり生地に、白いふわふわのクリームを乗せて。
さらに追加で、甘い桃に蜂蜜をかければ。

甘い香りと、みんなの声。
口内に広がるのは。

あぁ、しあわせのあじだ。

*

兎月とすれちがって、おやすみという。
ノブと本を読んで、眠いねと呟く。
おはようと言って、陸とキッチンに立つ。
おいしいねといって、りおが笑う。

いつもの光景。ありふれた日常。
守るべき、私の情景だった。

 

後日談  雪竹 蛍

静かな空間に、筆と紙が擦れる音が響いている。
一心不乱に筆を動かして、脳裏に浮かぶ絵を描き出す。
笑顔のりおの頬に赤味をつけて、隣に立つ陸のエプロンに淡い花びらを描く。
楽しそうに兎月の腕を引くノブと、困ったような、でもちょっと嬉しそうな兎月の瞳に赤い色をのせる。
そして、みんなを見て静かにほほ笑むいろの黒髪に艶をだして。それで。

「うーん。なにか足りないような・・・」

筆を置いて、一息。
あれから、心の赴くままに絵を描いている。
いつかどこかで在ったような、それでも絶対にあり得ない絵を。
そう。あり得ないのだ。足りないのではなく、多いのだ。
だって、彼女はそこにいなかった。
私たちの日常に、彼女はいなかったのだ。
そして、もう、彼もいない。
あの日、私たちの絵空事の日常が燃えてから、私たちは以前とは違う日常を生きている。ノブはあまり笑わなくなった。陸はいつも難しい顔している。
りおは。りお、は。

目を閉じて、深く呼吸をする。
1回、2回、・・・3回。
「ずるいよ、兎月。ずるい」という言葉を思い出す。
泣きながら、りおが絞り出した言葉。

わかるよ、りお。私も兎月のことずるいって思った。
でも、ああすることでしか、兎月が自分の心を守れなかったのだとしたら。
それは、仕方ないなって思ったんだ。家族として、受け入れようって。
・・・友達としては、ふざけんなって感じだけど。

息を吐きながら、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
5秒かけて目を開き、かつてあったはずの日常を見つめる。
みんなが笑っていた光景を。

りお。りおの心は今、どうなっている?
りおだけじゃない。ノブも陸も。
みんな、自分の心を、ちゃんと守ることができているだろうか。
・・・できていても、いなくても。私にできることは何もないから、別にいいんだけどさ。

失ったものは大きくて、空いた穴を埋めるものはない。
過ぎたことが戻るはずもなく、みんなが泣いている間にも時間は進んでいく。
10年以上も一緒にいたのに、私たちはあまりにも互いを知らなかった。
相互理解には程遠く、未だにみんなが何を考えているのかわからない。
それでも、離れるには忍びないから。せめて、私からは離れないでいよう。
たとえいつか、みんなが私の日常から去ったとしても。
それが、みんなの心を守ることに繋がるのなら、それも受け入れる。

だって、私は長女だからね。

だからみんなは、自分のために生きてほしいと思う。
でも、たまに、口を出すのは許してほしい。

だって、みんなは友達だからね。

そう、だから。自分の心を守るために行動してほしい。私もそうするから。
誰かのためでなく、私は、私のために絵を描こう。日常を生きるために。

 

***

 

 

 

BGM:シャルル